黒板に 青山打ち合わせ:直帰 って書いてきました」
「うん さすがだね ところで倉さんはどうしている?」
「ええ 先ほども倉さんに助け舟を出してもらったんですよ」
「では借りが出来たわけだ」
「ええ 倉さんが 宜しくって言ったましたよ」
筒井と神山はこれからどこに行くか決めかねていた
まだ14時30分を過ぎたばかりで 中途半端な時間ではあった
ホテルの外に出ると気持ちよかった
お化粧の匂いに慣れていたせいか
外の空気が美味しかった 筒井も同感だった
日はまだ高いが 少し西に傾いてきていた
ここは銀座でも中央通りと昭和通の中間に位置していた
ビール瓶をバンに積んでこれから配達なのだろうか昼の部が終り
今度は夜の準備をするために皆せわしなく動いていた
オフィスビルには社員食堂を自前で持っている所はめったにない
百貨店のように厨房施設があり調理人がいて
従業員が多いところなどに限られてくる
そのためお昼時はどこの飲食店でも満員御礼のところが多い
行列の出来るお店には制服姿やワイシャツ姿などのサラリーマンや
観光目的の外国人などの姿をよく見かける
二人が向かっている所はそんな慌しい世界を抜け出したところだった
築地にある寿司屋すし丸は朝早くから夜遅い時間まで開いていて
筒井も倉元に教えてもらったと言っていた
普通仕込などの関係でお昼休みの時間を設けているが
このお店は暖簾がしまわれていても一見でないかぎり入れてくれた
神山は部屋の倉元に電話をした
「今日はありがとうございます 今筒井さんと一緒です」
「おう 筒井君は元気か?」
「ええ 電話変わりましょうか?」
「うん 頼む」
「はい 筒井さん 倉元さんです」
筒井は神山から携帯電話を受け取り倉元と挨拶をかわしていた
暫く話し込んだ後 通話が切断された状態で神山に戻された
「倉さんからだけど 今ちょっと前に店長が部屋に来て
神山君を探していたそうだ」
「えっ なんだろう?」
「今朝の御礼を言いに来たそうだ」
「ああ あの件ですね そんなに誉められる事していないですよ」
「店長にとっては 君を銀座に移動させた事が当たって
嬉しいのではないかな 分かる気がするよ
それから 俺も青山に行きたいなって言って来たので
これから 築地のすし丸に行くところですと言っておいた」
「はあ 倉さんにばればれですね 読まれていますね」
倉元の話しをしながら築地に着いた
寿司屋に入ると歌舞伎座帰りの女性客が賑わっていて
筒井たちは奥の座敷に招かれた
この時間に入ると 黙っていても瓶ビールとつまみが出てきた
二人はお互いのグラスにビールを注いだ
「それでは 改めて乾杯 部長昇進おめでとう」
「はい ありがとうございます 乾杯」
「しかしこの店に来ると落ち着くね」
「そうですね 特にこの奥の座敷に来たときは
都会のど真ん中銀座では無いみたいですね 静かでいいです」
銀座の雑多から逃れるにはいい隠れ場だった
壁には丸窓があり格子の障子を開くと竹林が見渡せた
築地にこのような施しをして持成している店は殆ど無いだろう
二人が瓶ビールを空けると見計らったように 新しいビールが来た
このような持成しを受けられる座敷は全部で 八部屋ほどあるが
竹林を眺められる部屋はこの部屋を入れて三部屋しかない
だから今日はいいタイミングで来たみたいだった
「筒井さん 上原の交渉はどうなりましたか」
「なんだ 知っていたのか」
「ええ 久保さんからお聞きしましたよ
それに上原出店計画も筒井さんの肝いりだと」
「うん 結局はショバ代を少し上乗せする事で合意したよ」
「おめでとうございます」
「青山を出る前に 久保君から電話があり
賃貸料を3%上乗せすればOKです どうしますかとの連絡が入り
GOサインを出した」
「良かったですね 計画が進んで」
「後は 人事異動のタイミングなんだがね 問題は」
「と言うと 林さんですか?」
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