斉藤由香里が時間になったので奥村に進言しお昼の許可を貰った
神山のところに来て小さな声で
「さあ 行きましょう OK貰ったから」
神山は頷いて 倉元と杉田に断って部屋を出た
「なんだよ みんな黙って ぜんぜん面白くないな」
「なんか可笑しいわね 実はね 今朝は奥ちゃんの方が
先にきていて 労働規約を読んでいたのよ
それでね イライラしていて 少し近寄りがたかったのよ」
「へぇー そうなんだ」
「それで私がバケツの水を取り替えている時に 何処かへ行ったわ
この時期にこそこそしているなんて 可笑しいわ
ねえ 市川さんの事かしら 私 なんだか心配だわ」
「うーん」
「帰ってきた時には 笑顔に戻っていたんだけど また暗いわね」
神山と斉藤由香里はタクシーを拾って築地いせ丸へ向かった
暖簾をくぐると女将が笑顔で迎えてくれて奥の座敷に案内された
女将は斉藤由香里と小さな声で話し 頷いて厨房に戻っていった
「ねえ 市川さんの事だけど 先日私の友人が見かけたのよ」
「なにお」
「若くて髪の毛が長い女性とキスをしているところ」
「えっ キス、、、」
「うん そうなのよ だから浮気をしているんじゃないかって
その友人とも話していたの」
「まさかぁー あいつはかあちゃん思いでそんな事出来る人間じゃないよ」
「そう思うでしょ でも若い女の子の間では 結構有名な話よ」
「へぇー でも元気があって いいじゃないか」
「それはそれとして 会社を有給で休むって可笑しいでしょ」
「だって仕方ない事だろ 急に用事が出来たりさ」
「その女のために用事?」
「えっ なんで?」
「先日ね 有給で休んだ時に 奥さんから課長のところに電話があったの」
「うん」
「内容は『この頃 帰りが遅かったり 定休日出勤も毎週です
なにかうちのに不手際があったのでしょうか?』って」
「えっ 定休日出勤?ほんとうかよ」
「更にね『昨夜は帰宅しないで 徹夜作業と言っていましたが
今朝から全然連絡が取れないんですが そのような現場に
うちのが配属されているんですか どうなんですか』って
だから課長も 言葉を選んで答えていたわ」
「おいおい でもなぜ内容が分かるんだよ」
由香里はちょっと舌先をぺろっとだして
「聞いちゃった だって市川さんの奥さんでしょ なにかなぁーって」
「こら 盗み聞きして 悪い子だ だけどなんだろうな」
「浮気とか遊びかな でもこのままだと催事課に居られなくなるね」
「うーん どうしたもんだろ それで課長はどうするって」
「うん 一応本人に確認してみますって そう言ったわ」
「そうしたら ばればれじゃないか」
「だって仕方ないでしょ 別に催事課の仕事じゃないんだから
可能性としては どこかでアルバイトをしているかもしれないし」
「まあな その方が助かるけれどな、、、
けどアルバイトとキスの事を一緒にされたんじゃ可哀想だよ」
二人が沈黙をしていると 襖が開き店員が海鮮魚の盛り合わせと
ビールを運び 座卓に並べると お辞儀をして襖を閉めた
神山と由香里は美味しいといい 良く箸を動かし食べると
由香里は日本酒を注文した
神山もお酒には相当強いが 由香里は更に強く 体調がいいと
呑んでも全然崩れる事は無かった
神山が銀座店移動になり 昼食時から日本酒を飲む由香里で
大丈夫かと思ったがミスなく仕事を済ませて驚いた事があった
その事を知っているので 催事課の連中も由香里に対し昼から
お酒を呑むなと言わなかった
勿論 催事課の連中はみなお酒には強く 特に倉元は一日中
呑んでいても全然崩れずに平気で仕事をこなした
「ねえ この頃全然誘ってくれないでしょ 私を避けているの」
「えっ そんな事無いよ 忙しいだけさ」
(だって 昨年のクリスマスの時 僕が誘っても 市川の誘いに
ついていっただろ 今回の事だって 貴女が関係しているじゃないの)
神山は喉まででかかった言葉を飲み込み
「そのうちに 時間を作るからさ 機嫌悪くしないで ねっ」
「ふーん 覚えておくわ」
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