2010年8月12日木曜日

Vol.33 出会い -3-3

壁はグランドフロアと同じ仕様であった
廊下を挟んで向かい合っている部屋の入り口ドアの位置が
違うので怪訝そうな顔をしていると祥子が
「このドアの配置は オーナーさんの気配りだそうですよ」
「へー そうなんですか なんか少し馴染めませんけどね」
「扉が開いている時 向かい側のお部屋を覗き込まれないように
ドアの位置をずらしているそうです」
「そうなんですか」
「ええ このマンションは全てのお部屋が法人の賃貸なので 
特にプライベートに気を遣われているそうです」
祥子がカードをスキャンさせドアを開けて神山を招く

部屋に入ると造立てのコンクリートの匂いと床のワックスの匂い
そして祥子の匂いがした
「わっ~ 素適なお部屋ですね まるでホテルに居るみたいです」
神山は正面のガラス窓から見える夜景に翻弄された
そこには新宿の華やかさはではなく 暗闇の中にぽつんぽつんと
見える可愛らしい光の群れで星空のようだった
入って右側にダイニングテーブルがあった
部屋の造りに合わせたのか木のテーブルが置かれていた
そこにはすでに上原出店の準備資料が置かれていて
「神山さん そこの資料で一番上の図面が展開図です」
祥子がカウンターキッチン越しに話してきた
「はい 分かりました 拝見させて頂きます」
「神山さん おなかすいたでしょ」
「ええ 少しすいています」
「私これから 簡単な物を作りますので図面を見ていて下さいね」
「あっ そんないいですよ お構いなく」
「そんな 私もおなかが空いちゃったのよ」
「はぁ それではお願いします」
「その前に はいビール」
「ありがとうございます」
祥子がカウンターから出てきて神山に良く冷えたグラスを渡し
瓶ビールを上手に泡立てながら注いでくれた
神山は一気に飲み干すと祥子は何も言わずビールを注ぎ
カウンターに戻って調理を始めた
神山は展開図面を見ると 什器など少し余裕がある配置で   
顧客を上手に回遊させ商品をくまなく見て貰うようになっていた

神山は現在は装飾デザイナーだが入社8年目の時に
そのデザイン力が買われ 営繕課に移動した そこでも神山は
売場改装工事の管理や積算を行ったり 什器や備品類の
デザインも行い高い評価を受け 一年中忙しく働いた
営繕課6年目の時に人事異動と昇級があり 上野店催事課の
装飾デザイナー専門課長となった

神山はどの様な複雑な平面図でも熟考し見ていると 
立体にする事が出来る能力が抜群に優れていた
(マンション販売などのチラシに載っているパースである)
今見ている上原の展開図も全て立ち上げた状態(パース)で
見ることが出来ていた
「なかなか良いレイアウトではないですか 僕なんかが 
口出しするようなところは 全然無い完璧ですよ」
カウンターに居る祥子に向って言った
「そうですか 嬉しいわ そのレイアウト私が考えたの」
「素晴しい出来ではないですか」
「だけど 一箇所 煮詰めなければいけない所があるのです」
と言いながら 鍋を運んできた
「ハイ 召し上がってください お口に合うか分かりませんが」
「呑んだ後には 良くラーメンを召し上がる方が多いですけれど」
鍋の中には味噌仕立てのきしめんが入っていた
祥子は取り皿にきしめんを盛り付けし神山に渡した
味噌味が結構美味しかった 程よい大きさのねぎ 
あげは湯煎されているので油濃くなかった
祥子は自分の分を小さな皿に盛り付け口に運んだ
神山は名古屋には出張で何回か行き食べているが
こんなに美味しい味噌煮込みきしめんは初めてだった
「なんか お店で頂く味より美味しいですよ
名古屋で何回か頂いているのですが 久保さんのは数段上です」
「そんなに褒めないで下さい」
「実は こちらでは美味しい八丁味噌が手に入らないのです
それで 実家から送ってもらう味噌と関東味噌を合わせたんです」
「しかし美味しいものは美味しいですよ 麺の固さも 
柔らかすぎず硬すぎず 僕の口には合っています」





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