片手で振りかざし出て行った
入れ替わりに倉元達也が出勤してきた
「おう おはよう」
「おはようございます」
「なんだ 山ちゃんもこの時間に出勤か」
「ええ 今来たばかりで あっ コーヒー入れますね」
「おう ありがとさん 由香里さんどうしたの
なんか偉く楽しそうに楽しそうに出て行ったぞ」
「ええ なんか着ているものが中途半端だと言って
買って来てくれると言うものですから」
「うん そうか しかし10時の会議に間に合うのかな」
「はい コーヒー」
「おう ありがと」
倉元達也はここ催事課デザイナーのボスであった
倉元は今年の春に専門部長に昇格をしたが
人間味に厚く店の中だけではなく下の者からも上の者からも
関係なく支持され デザイン一筋で生きている堅物である
神山が上野店から移動してきた時
色々と親身に相談に乗ってくれたのが倉元だった
神山は銀座店に来た事を不服としていて
自分は上野店で最後まで勤め骨をうずめるつもりで頑張ってきた
いくら銀座が「世界の銀座」であろうと
自分のデザインを認められようと人事異動は気に食わなかった
就任当時元気のない神山を倉元は銀座のはずれにある居酒屋に誘った
倉元は黙って神山の愚痴を聞いていたが
「その勢いを 銀座にぶつけて見ろよ もっと良くなるぞ銀座店は」
二人は朝まで呑み明かした
神山はデスクに置いてある電話連絡と伝言メモを見た
売場からの電話連絡は2件とも
「ありがとうございます 今朝店長から誉められました」
売場係長と部長からのものだった
伝言メモには「よくやってくれた ご苦労さん」店長からだった
2階の紳士服と3階の婦人服の一角に初夏のステージを展開した
デコレーションだけではなく売り場全体のイメージが
気に入ってもらえたようだった
すぐに倉元に報告した
「山ちゃん良かったな 店長機嫌いいぞ」
倉元は素直に喜んでくれた
店長池上と倉元は同期入社でプライベートでは親交が厚かった
池上店長も神山と同じ時に銀座店に移動してきた
神山はなぜ「お目付け役みたいに俺の後を着いて来るのだ」と感じた
池上自身も名古屋本社からの人事異動には逆らえず戸惑っていた
倉元の話では銀座の購買層が以前と違って年齢層が
幅広くなりそれに対応する為 優れた人材を銀座店に
集中させたと言っていた
神山も池上もこの本社人事の思惑の中で動かされた駒だった
神山はニーナ・ニーナの筒井に電話した
「銀座鈴やの神山です 筒井さんはいらっしゃいますか」
「はいニーナ・ニーナジャパンです 筒井ですね 少々お待ちください」
「やあ 久しぶり 元気ですか
相変わらず銀座でも良くやっているそうですね
そうそう おめでとう いやーよかったね」
「えっ なにがですか おめでとうって?」
筒井はもう出向部長の件は知っていると思い 挨拶をしたが
今の言葉だとまだ知らされていないと思い ごまかした
「いや 店長によく褒められているだろ それでさ ははは」
「ありがとうございます でもそんな 何も出ないですよ」
二人は挨拶を交わした後 13時に銀座のホテルで合う約束をした
神山は倉元に筒井と昼過ぎから会うことを告げると
「おう わかった 一杯呑んでこい」
斉藤由香里がシャツの袋を持って売り場から帰ってきた
「はい これ」
シャツと社員カードを神山に渡した
「おう 由香里さんおはよう」
「倉元さん おはようございます 今日は早いですね」
「年よりは早く起きて 今日のように天気がいいと動きたくなるのさ
それより 由香里さん 今日の昼飯だけど」
神山と由香里を見ながら
「築地のすし屋に行かないか どうしてもすし食いたくなってさ」
「わあ 嬉しい 私お供します」
「あの 僕はちょっと難しいみたいです」
「おう そうか」
.