押し出される格好になり祥子を抱きしめた
「まぁ 早くほどいてくださいな」
「ごめんごめん では10時に伺います」
「はい お待ちしています」
神山は扉が閉まる寸前に飛び乗り 祥子に手を振った
「久保チーフ おはようございます」
と安田桃子が声を掛けてきた
「おはよう」
「どうしたんですか 元気ないですよ いつもの先輩と違いますよ」
「そぉ 何時もと変わらないわよ それよりどうしたの?
普段と違って 決まっているわよ 分った 今夜デート?」
「いいぇ 違いますよ 昨日筒井さんから電話があったんです」
「えっ 筒井さんから電話? あなたにもあったの」
「ええ 私も休日にゼネラルマネージャーから電話なんて
何事かと思い びっくりです」
「うん それでなんて言って来たの?」
「はい 今日少し話があるのでそのつもりで来てくれ」
「なにそれ 全然分らないわね」
「先輩 何かご存知ではないのですか?」
祥子は昨日の筒井から聞いた話と関係があるのかと考えていたが
「私は何も知らないわよ 上原が開店できる事しか」
「そうなんですか」
ニーナ・ニーナの二人は狐に包まれたような話をしながら
本社ビルに向かっていた
祥子も安田も自分の胸に隠している部分があるが
それは今 話せなかった
安田桃子25歳入社2年生 浜野由貴の青山学院時代の後輩に当たる
大学を卒業後暫くは両親の財力で世界中を飛び回っていたが
テニス同好会が開かれたとき 浜野由貴が
「ニーナ・ニーナは楽しいわよ 先輩の久保さんもいい人だし
どう少し来てみない 仕事をすればするだけ
恩恵があるの おもしろい会社よ」
安田桃子はお金には魅力を感じなかったが 自分の仕事が
そのように評価されるのであれば面白いシステムだと思った
昨年の春に入社し頑張りやの性格がいい方向で展開し
会社での評価もよく この頃はめきめきと力をつけてきた
仕事をすればするだけ評価が良くなる会社のシステムにも慣れた
昨年12月に 会社のクリスマスパーティーがあった
その会場でひときわ目立つ大田に恋心を抱くようになっていた
大田一郎はニーナ・ニーナジャパンの営業をしていたが
殆ど会社には居なかった 固定されている女性社員と違い
週ごとに全国のブティックを回っている営業である
その端正なマスクと優しい語り口から女性客からも人気があった
大田のもてもてぶりを外野の男性達から羨ましがられたが
私生活では皆無と言っていいほど女性の話が無かった
その大田が今日本社ビルに来るのだと筒井から聞かされた
桃子は私と太田さんが引き離されるのだろうか不安になっていた
祥子と安田は1階にショールームがある本社ビルの6階に上がった
6階に着くと祥子はびっくりした
銀座鈴やの林恵美がいて 普段滅多に居ない大田一郎まで来ていた
祥子は林に近づき
「どうしたの 今日は」
「昨日筒井さんから電話があり 今日本社に来るように言われました」
「銀座は大丈夫?」
「ええ 日本橋からパートさんを回してもらったから大丈夫です」
「なにかしらね」
祥子は筒井から林の御殿場移動についての件は知っていたが
(何が起こるのかしら 私は蚊帳の外? 嫌だわ)
「よお みんな集まったかな あれ高野君はまだ?」
「はい まだ見えていません」
高野哲也38歳 高野も大田同様日本各地を回っている営業マンだ
高野は大田に磨きを掛けた人物であり殆どの女性は虜になってしまう
現在 日本各地を廻っているが売上はトップだった
祥子は高野と殆ど会った事は無いが
売り上げ数字はいつもパソコンで確認していた
(その高野さんまで呼ばれているなんて なんなの)
「おはようございます」
高野がジーンズの上下で現れた
事務所にいた女性達が一斉に高野を見た
「遅くなってすみません 車が込んでいて遅刻ですね」
実際はまだ会議まで充分に時間があったが
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