2011年6月10日金曜日

Vol.335 鈴蘭 -3-24


二人は忘れ物が無いか確認をして部屋を出て
タクシーが来るのを待った 受け付け嬢が今夜の食事時間は18時だと
案内をされたのでそれなら充分ゆっくり食べられると亜矢子と話をした
フロントで名前を呼ばれタクシーが来た事を告げられ車に乗り
行き先を大室山と伝えると はいと頷き車はホテルを後にした
二人を乗せた車は伊豆高原駅の街並みを走り抜け次第に高度を稼ぐ
緩やかな道に入った 舗装された道路の両脇には桜の木が並んでいて
緑が美しかった 林の奥に入っていくと民家が無くなり
ぽつんぽつんとペンションが目立ってきた 運転手が
「ここら一体は春になると桜が綺麗で観光客で一杯になるんです
今は空いているこの道路も渋滞なんですよ 大室山はこの時期に
いかれるのが一番ですね 秋は紅葉で渋滞ですしね 冬は寒いし」
「そうすると 僕たちはいい時期を選んで来た訳ですか 当りですね」
「ええ 大当たりでしょう 上のほうはさっきまで霧が掛かって
行っている人は少ないですよ」
二人はどんな素晴らしい光景が見られるか期待した
暫く走っていると 急に視界が開け眩しい太陽が目に入ってきた
車の前には邪魔する車は無く大室山に付いた
車から降りた二人は 頂上までリフトで上がった
たいして時間は掛からなかったが 下から吹き上げる風で亜矢子は
キャーキャーと叫んでいた 頂上は運転手が言っていたとおり
観光客はほんの数えるカップルしかいなかった

頂上を一周する事ができるので 手を繋いで歩いた
海が広く見える場所に来ると 亜矢子が立ち止まって見入っていた
神山もタバコを手にして 亜矢子の肩を抱いた
そのうち亜矢子はそばにあるベンチに座り 神山に
「私の父は私が16の高校生だった時 海で亡くなったの
漁に出かけていて 高波に飲まれ転覆したと聞いているわ
そのまま私たちの家に帰って来ないの だから海に来ると父がそこに
いるようで いつもこうやってお父さんと話をするのよ」
神山は何も言えず聞いているだけだった
「母はしっかりしていたわ 女手一つで私をここまで育ててくれたもん
ほんと感謝しているわ だから楽をさせてあげたくて今の会社を選んだの
その前は大学を出てからは銀行に勤めていたわ 
だけど安定はしていたけど 母を喜ばすには楽ではなかったわ
それでゴテンバ グランド インの募集を見て第一期生で入社したの」
「そうか 大変だったね」
「ええ その母がガンと聞いた時は目の前が真っ暗になったわ
だけど あの宝くじのおかげで 病院も替えられ先生も大丈夫と
仰られるので ホッとしているの 助かったわ ありがとう」
「そんな 僕は何もしていないよ きっと赤パンが良かったのさ」
亜矢子はしんみりとしていたが 赤パンで笑ってしまった
「ねぇ その大事な赤パン どうしたの?」
「うん 部屋にあるよ たたんでしまってある」
「そうね記念に捨てないでね 今度会うときは赤パンを履いてきて」
「うん そうするよ そうしたら今日か明日にでも町で
亜矢子の赤パン買おうよ」
亜矢子はにっことして
「ええ どこかで探しましょ いいわよ」
亜矢子がようやく元気が出てきたので頂上を歩き始めた
一周するのにそんなに時間は掛からなかった この時間になると
カップルの姿も目立ってきて 神山と亜矢子も寄りそって歩いた
リフト乗り場でビールがあったので 二人はそこでビールを呑んだ
一息してリフトを降りるとお昼にはまだ時間が早く 
タクシーに乗りぐらんぱる公園に向かった 

サボテンも在り気を休めるにはとてもよいとこだと思った
ホテルの周辺観光地案内に広い芝生で子供達が転がって楽しくしている
写真が紹介されていた 神山はまさか亜矢子と出来る訳ないが
久しぶりに芝生でごろごろするのも悪くないと思った
ぐらんぱる公園には先ほど来た桜並木の樹海を通りゆっくりと下って
暫く走って直ぐだった
入場チケットを買い広々とした芝生に行った
「ふぁ~ 久しぶりよ 何年ぶりかしら 昔 銀行に勤めていた時
会社の旅行で来たことがあるわ 変っていないわ
その時も楽しかったけど 今のほうが全然嬉しいわ」
平日なので家族連れは殆ど見かけないが 小さい子供を連れた
家族連ればかりだった 
売店でビールを買って芝生に寝転び大空を見ていると 亜矢子が急に
神山の上にかぶさって来た 
「驚いた」
と呟きキスをした 神山は周りを見たが誰もいないので亜矢子を抱きしめた





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