ボーイが全面ガラス側の席に案内した
店内は薄暗くガラステーブルが下からの照明で浮かんで見えた
席に着くと久保は落ち着かないのか 周りを見渡していた
「どうされました 落ち着かないですか」
「ええ こんなに素敵なところは初めてなんですよ だから」
「僕も初めは落ち着かなかったですよ でも直ぐになれますよ」
このフロアは天井までが高くて開放感が味わえるが
マド側の席が少し高くなっていて 落ち着かないところがある
建物構造上マド側に梁を設ける為 マド側床自体を高くして
その分 客席をマド側に付けるレイアウトがされていた
「でも このマドガラスを覗くと直ぐ下の歩道が見えるでしょ」
「ははは 久保さんは高所恐怖症ですか」
「うーん かも知れないわね だって初めてですもん」
「じゃあ 初めてでしたら 慣れるまでムズムズしますね」
「大丈夫よ 平気です」
「ははは 何を呑まれますか?」
「カクテルにしようかなぁ ほら あそこのテーブルの人」
久保がちょこんと出した手のひらの先を見てみると
「あのピンク色したカクテルですか?」
「そう 分からないけれど 美味しそうに呑んでいるので」
「では早速注文しましょうね」
神山は片手を挙げて ボーイを呼ぶと
「ほら あそこの女性が呑んでいるピンクのカクテルと
そうだな 僕はマティーニでお願いします」
「お客様 あのカクテルはミリオン・ダラーと言いまして
甘くていい香りのするカクテルです アルコール度数は8%です」
「うん お願いします いいですね」
「はい お願いします」
「おつまみは如何されますか?」
「うーん モッツァレラは今日ありますか」
「ええ 大丈夫ですよ」
「それから フランスパンの薄切りを焼いたのってありますか?」
「ええ 大丈夫ですよ」
「そうしたら それをお願いします」
ボーイがメモをとって厨房に戻ると久保祥子が
「神山さんモッツァレラなんてご存知なんですか 凄いグルメ!」
「ははは 種明かしは先日の歓送迎会で覚えたんですよ」
「まあ そうなんですか」
二人は顔を見合わせて 笑い出した
暫くするとボーイがグラスビールとカクテルを運んできた
「あれっ ビールは注文していないのに」
「ええ このお花見のシーズンはカップル様限定で
ウェルカムビールをサービスさせて頂いているんですよ」
「そうだよね 先日きた時には なかったよね ありがとう」
ボーイがグラスビールやカクテルなどテーブルに置くと
深々とお辞儀をして厨房へ戻っていった
薄い乳白のガラステーブルに置かれたミリオン・ダラーは
まるでピンクの液体が宙に浮いているようで美しかった
「綺麗ね このカクテル」
「うん ピンクの光るボールが宙に浮いているようだ」
「ほんと 宙に浮いているようですね」
久保祥子は初めてみる光景に感心していた
「さあ 呑みなおしの乾杯でもしましょうか」
「は~い」
神山と久保は笑みを浮かべ互いの目を見つめ乾杯した
二人はよく冷えたグラスビールを一気に呑むと
「久保さん 改めて乾杯」
「ふふふ 何回してもいいですね」
互いのカクテルグラスを少しだけ持ち上げて乾杯した
薄切りパンにモッツァレラを塗り口に入れると美味しかった
「神山さん この小さなパンがいいのね」
「うん これが普通のフランスパンだと 大きすぎるでしょ」
「でもこんなに細長いフランスパンってあるのかなぁー?」
「きっと アメ横あたりで売っているんじゃないですか」
「まさか でも分からないですね」
「美味しいね どこで売っているんだろう 聞いてみようか」
久保祥子は答えずに神山の顔をみて頷いた
神山が手を挙げてボーイを呼ぶと
「このフランスパンなんだけれど 凄く美味しいね」
「褒めて頂いて ありがとうございます」
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